Soul Station





 俺は列車に乗っていた。
 傾きかけたまま固定された太陽が、すべてを黄金に染めている。
 視界に広がるのは、どこまでもまぶしい黄金の小麦畑だ。
 永遠の落日、それが俺の魂の風景。

 アメリア、今お前に会いに行くから待っててくれ。




──ゾルフ!ロディマス!
お前たち、どうしてこんなところに。
そうか、俺にわざわざ会いに来てくれたのか。…ありがとう。
……なんだその顔は?
あれから何年経ったと思っているんだ?俺だって成長くらいする。
おい、似合わないはともかく、気持ち悪いってのはどういうことだ?
そりゃまあ、わからんこともないがな。
……俺はずいぶん無能な上司だったしな。
本当にすまなか…いや、謝らせてくれ。そうでもしなきゃ俺の気がすまん。
ああ、そのことだけじゃない。お前たちにはずっと世話になりっぱなしで…。
……そうだな。一方的に謝るのはただの自己満足かもしれんな。だがこれだけは言わせてくれ。最後まで俺についてきてくれて、嬉しかった。ありがとう。
……ああもう、だから俺だって成長くらいすると言っただろうが!
あいつらに会って、俺も変わったんだ。
ん?なんだ、にやにやして……。
なっ、そっそれをどうして……ああ、そうだ。彼女に会いに行くんだ。なんか悪いか!?
うるさい!照れてなどいない!!
ん、ああ、もう発車の時間か。
ああ。俺は行く。
……うん、お前たちも元気でな。じゃあ、な。



……やっぱりな。あんたとはどうしても顔を合わせることになるだろうと思っていたよ。レゾ。
元気だったかだと?ああ、元気だよ。おかげさまでね。
……いや、全く恨んでいないと言えば嘘になるが、さすがにもう、復讐心は持ち合わせちゃいない。もう、終わったことだしな。
そんな顔するなよ。まるで俺がいじめているみたいじゃないか。
…合成獣にされてやっと見えたものもあるしな。
ああ。特に己の傲慢さという奴は嫌というほど思い知ったよ。あんたは結局、死ぬ間際まで気が付かなかったようだが……。
おっおい!だからそんな顔するなよ!
まったく…本当に、あんた、憑き物が落ちたというか…。
俺の中のあんたは最高に嫌な奴だった。ちょっと前までの俺だったら、こんな風にあんたと話はできなかっただろうさ。
まあ、な。確かに俺はあんたの全てを許すなんて、できないかもしれない……だがまだ、先は長いんだろう?それでもあんたは、俺のたった一人の家族、だったんだからな。
ああ、だからそんな顔は…………もう、発車の時間のようだな。
…ああ。今の俺には帰る場所があるんだ。…俺を、待っててくれている奴がいるんだ。
……うるさい。やっぱりその嫌な性格は地だったんだな。本当に嫌な奴だ。
わかった、わかった。彼女にもよろしく言っとくよ。忘れてなかったらな。
…ああ、それじゃあ、な。くそじじい。



相変わらず騒がしいな。リナ。ガウリイ。駅のずいぶん手前から声が聞こえていたぞ。
いいや、聞こえていたのは主に、あんたの甲高い…いや、なんでもない。
…ふう、性格のほうも相変わらずだな。旦那、あんたも苦労してるだろう。
我慢強いから、ってあんたもくらげのままなんだな。大丈夫なのか?
…確かに。リナと一緒なら大丈夫だろうな。別の面では大いに心配だが…。
おっおいリナ!!お前こんなところでもスリッパ持ってんのか!?
乙女の必需品?俺の聞き間違えか?あんたほど乙女という言葉が似合わん女はいないと思うが。大体とうにそんな…。
わっわかった!すまん、俺が悪かった!だからスリッパはよせ!
……はあ、本当に変わってないな。…安心したよ。
なっ、べ、べつに彼女のことなんか考えていないぞ!
い、いやただちょっと思い出しただけで…。
……ああ、そうだ。ばっちり思い出してたよ。ったく、わかっているならいちいち聞くなよ。
そうだな。俺たちはお前らと違って、四六時中、いつもべったりくっついてる訳にはいかないもんでね。おや、どうしたんだ、リナ?顔が真っ赤だぞ?
ああ、わかったよ旦那。この辺で勘弁しといてやるさ。だがリナに比べたら、可愛いもんだろう?
嫌な性格?そいつはあいにく、血統書付きなんでね。
…ああ、もう時間か。早いもんだな。
そりゃあ早く会いたいさ。
…言っただろう?こっちは四六時中一緒にいるわけには、いかなかったんだ。
ああ。それじゃあ行って来る。お前らも…まあ、言わんでもそうだとは思うが、元気でな。
じゃあ、な。



……フィルさん!!てっきり彼女のところにいるのだと思っていたんだが…。
まあ、確かに彼女はもう子供じゃないんだが…。どうもあんたの娘というイメージが強くてな。ところで隣の女性は……?
妻っ!?その格好でっっ!!?
い、いや、だってそんな格好だし、その高笑いも…ってちょっと待ってくれ、それじゃあ、あんたが彼女の母親なのか!?
……悪夢だ。
いや、なんでもない。俺は何も言っていない。
と、とにかく、俺に会いに来てくれて感謝するよ。…ありがとう。
まだなかなか使い慣れない言葉なんでな。なんだかむず痒くなる。だが、本当に、あんた達には感謝している。それこそ、言葉で言い表せないぐらいに。
……彼女という人間を作り出してくれたこと。それだけでも俺にとっては、本当に感謝すべきことなんだ。その上、あんたは彼女と、こんな俺との仲も認めてくれた。
娘の幸せのため、か。だが正直、俺はずっと不安だったよ。本当に俺で、彼女を幸せにできるのかってな。
…やっぱり親子だな。彼女もよく、そう言っていた。そんな後ろ向きな考えはやめろ、ってな。
ああ、俺は彼女といられて幸せだった。その後の、何倍もの長い一人の時間を差し引いても、それでも幸せだったと思う。
い、いや、俺は惚気てなんか……。ほ、ほらもう、発車の時間だ。準備をしないとな。
…そうか。彼女は次の駅にいるのか。
ああ知ってる。彼女は俺を、待ってくれている。
…了解した。俺は、彼女と一緒に、幸せになるよ。
それじゃあ元気で。それから最後に、…ありがとう。




 列車は、どこまでも続く黄金の小麦畑を駆けていく。
 アメリア、俺はもうすぐ、お前に辿り着く。

 やがて列車は終着駅に到着する。
 俺は立ち上がり、開くドアを抜けて行く。




ずいぶん待たせてしまったな。変わりはないか?
……アメリア。
ああ、本当にずいぶん長いこと遠回りをしてしまってな。俺も会いたかった。お前に。
ニセモノってお前…。
ばか。あれからどれだけ経ったと思ってるんだ。俺にだって色々思うことがあったんだ。特にな、お前がいなくなってからの生活は、本当に長かった。
あっ、ばか、おい……泣くな。泣くのだけはやめてくれ。…泣かれると、どうしていいのかわからなくなる。
そうだ。笑っていてくれ。お前は笑っているほうがずっと……。
ずっと…………あー……、ああ、アメリア、そういえば…。
なっ、誰が相変わらず甲斐性無しだ!!お前こそ、その無神経な発言は相変わらずだな!
はん?正義の使者?本当に変わってないな。お前は相変わらずお節介でお転婆で、表情をコロコロ変えやがって……本当に変わらない。俺の、アメリアだ。
ん、今更何、赤くなってるんだ?俺がどうしてここにいると思っているんだ?
ああ、これからはずっと一緒だ。
俺も、お前に話したいことが山ほどある。だがまず、すまん。言い忘れていたことがある。ずっと列車の中で、一番最初に言おうと思っていたんだが。
……それじゃあ言うぞ。

ただいま、アメリア。




 すべてが黄金に染まる場所。
 長い旅路の果てにたどり着いた、ここが俺の、魂の終着駅。

 永遠に沈まぬ太陽の下、俺はすべてを手に入れた。







あとがき





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